鎌田大地のwikiプロフ|出身地や経歴、年俸を調査!家族や結婚・彼女は?

鎌田大地は、イングランドプレミアリーグのクリスタル・パレスに所属し、ミッドフィルダーとして活躍するプロサッカー選手です。

また、サッカー日本代表にも召集され、注目を集めています。

出身地はどこで、どんな経歴を持っているのでしょうか?
年俸はどのくらいなのでしょうか?
家族結婚・彼女はどうなのでしょうか?

この記事では鎌田大地のプロフィールを徹底的に調査しました。
サッカーへの情熱、人生観など、彼の魅力に迫ります。

 

鎌田大地とはどんな選手なのか?

プロフィール

鎌田大地(かまだだいち)は1996年8月5日生まれ、愛媛県伊予市出身のプロサッカー選手です。

現在、イングランドプレミアリーグのクリスタル・パレスに所属しています。

身長は184cm、利き足は右足です。

背番号は18番で、愛称は「カマ」や「ダイチ」と呼ばれることが多いです。

高い技術力と視野の広さを活かし、トップ下やセカンドストライカーとして、チームの攻撃の要として活躍しています。

ポジションと特徴

ポジションは、ミッドフィールダー(MF)です。

特にトップ下やセカンドストライカーとして起用されることが多く、チームの攻撃の中心として活躍します。

また、左右のウィングや中央ミッドフィールダーとしてもプレーできる多才さを持っています。

特徴は、高い技術力と優れた視野の広さです。

ボールコントロールが巧みで、狭いスペースでも的確なパスを出すことができます。

また、ゴール前での冷静な判断力と確実な決定力も持ち合わせており、アシストだけでなく得点も量産します。

184cmという高身長を活かしたヘディングの強さも特徴の一つで、セットプレーでの得点も多いです。

さらに、オフボール時の動きも巧みで、相手のマークをかわしてスペースを作り出す能力に長けています。

これらの特徴により、チームの攻撃の起点となり、得点チャンスを演出する重要な役割を果たしています。

 

鎌田大地の出身地は?

出身地は愛媛県伊予市

出身地愛媛県伊予市です。

伊予市は愛媛県の中央部に位置し、瀬戸内海に面した人口約3万5千人の小さな町です。

温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、穏やかでのどかな雰囲気が特徴です。

この街の魅力のひとつは、歴史的な街並みと現代的な施設が共存していることです。

特に伊予市駅前の商店街「おまち」は、地元の人々の暮らしに欠かせない場所となっています。

観光名所としては、伊予市を通る観光列車「伊予灘ものがたり」が挙げられます。

この列車では、瀬戸内海の美しい景色を楽しみながら、愛媛の食や文化を堪能できます。

また、双海町にある下灘駅など、自然を満喫できるスポットも豊富です。

伊予市の特産品には、伊予柑や紅まどんなといった柑橘類があります。

特に伊予柑は、甘みと酸味のバランスが絶妙で、全国的にも人気です。

さらに、瀬戸内海で獲れる鯛や真鯛などの新鮮な海産物も名産として知られています。

この地の出身者には、鎌田大地のほか、お笑い芸人の水田信二さん、アナウンサーの二宮直輝さん、イラストレーターのMOGRAさんなど、多彩な才能を持つ人物がいます。

小さな町でありながら、豊かな自然と歴史に育まれ、多くの人材を輩出している魅力あふれる地域です。

小学校、中学校、高校、大学は?

小学校は愛媛県の伊予市立伊予小学校に通っていました。

この時期から既にサッカーの才能を発揮し始め、地元のクラブに所属していました。

中学校は大阪府の岸和田市立北中学校に転入しました。

この移動は、祖母が大阪に住んでいたことが理由とされています。

中学時代は学校の部活動ではなく、Jリーグクラブのジュニアユースでプレーを続けました。

高校は京都府の東山高校に進学しました。

東山高校サッカー部の福重監督が鎌田大地の父親の大学の後輩だったという縁があっての進学でした。

大学には進学せず、高校卒業後はプロの道に進んでいます。

 

鎌田大地の経歴は?

クラブ 出場 得点
2015-2017 サガン鳥栖 65 13
2017-2023 フランクフルト 127 20
2018-2019 シント=トロイデン(レンタル) 34 15
2023-2024 ラツィオ 29 2
2024- クリスタル・パレス

プロ入り前の経歴

鎌田大地のサッカー人生は、愛媛県伊予市でスタートしました。

地元の小学校に通いながら、キッズFC(現在のFCゼブラキッズ)に所属し、幼い頃からサッカーに打ち込みました。

特に小学6年生の時には全国大会に出場し、見事優勝を果たすという輝かしい成果を収めています。

中学進学を機に大阪府へ移り、ガンバ大阪ジュニアユースに入団しました。

ここでは、同期の井手口陽介選手とともにトップ下のポジションを争い、さらなる成長を遂げていきます。

しかし、この時期には急激な身長の伸びに伴うクラムジー(成長期特有の運動のぎこちなさ)に悩まされ、さらに腕や腰の骨折といったケガが続いたことで試合への出場機会が減少。

結果として、ガンバ大阪ユースへの昇格は叶いませんでした。

その後、高校は京都の東山高校へ進学します。

これは、同校サッカー部の福重監督が鎌田大地の父親の大学の後輩だったことが縁となり、導かれるようにして決まった進路でした。

高校では1年生から試合に出場するなど順調に経験を積みましたが、全国大会出場を懸けた重要な試合で同点に追いつくチャンスとなるシュートを外してしまい、悔しさのあまり大粒の涙を流したといいます。

しかし、この経験が彼のサッカー観を大きく変える転機となりました。

高校3年生に上がる前には、自らキャプテンに立候補し、周囲を驚かせたこともありました。

大学進学という選択肢もありましたが、「22歳からのプロ入りでは遅すぎる」「世界を目指すなら18歳からJリーグでプレーしなければならない」という強い思いを抱き、高校卒業後はプロの道を選択しました。

Jリーグでの経歴

Jリーグでのキャリアは、2015年にサガン鳥栖へ入団したことで始まりました。

高校卒業と同時にプロの世界へ飛び込み、わずか18歳でJリーグデビューを果たします。

プロ1年目となった2015年シーズン、5月にJ1リーグ戦で初出場すると、デビュー戦でいきなり初ゴールを記録し、鮮烈な印象を残しました。

そのシーズンはリーグ戦21試合に出場し、3得点をマーク

若手ながらも徐々にチームの主力として存在感を示し始めました。

2016年シーズンにはさらに成長を遂げ、リーグ戦28試合に出場して7得点を記録

攻撃の要として欠かせない存在となり、その活躍は国内だけでなく海外のクラブからも注目されるようになりました。

2017年シーズンも引き続きサガン鳥栖の中心選手としてプレーし、リーグ戦16試合に出場して3得点を挙げました

そして同年夏、鎌田大地にとって大きな転機が訪れます。

ドイツの名門クラブ、アイントラハト・フランクフルトへの移籍が決定し、新たな挑戦に踏み出すこととなったのです。

サガン鳥栖での3年間は、鎌田大地がプロとしての基礎を築き、海外挑戦への足がかりとなる重要な時期でした。

Jリーグ通算では65試合に出場し、13得点を記録。

また、この間にJリーグ・アンダー22選抜にも選出され、2試合に出場するなど、着実に経験を積んでいきました。

Jリーグで培った経験と実績は、鎌田大地のその後のヨーロッパでの活躍へとつながる大きな礎となりました。

ドイツでの経歴

ドイツでのキャリアは、2017年アイントラハト・フランクフルトへ移籍したことで本格的に始まりました。

しかし、移籍初年度は出場機会に恵まれず、わずか3試合の出場にとどまり、厳しいスタートとなります。

2018年から2019年にかけては、ベルギーのシント=トロイデンへレンタル移籍し、試合経験を積むこととなりました。

この期間に着実に成長を遂げたことで評価を高め、2019年にはフランクフルトへ復帰。復帰後は徐々にチームの中心選手として存在感を示し始めます。

2019-20シーズンにはリーグ戦28試合に出場し、2得点4アシストを記録。

特にヨーロッパリーグでは、準々決勝のバーゼル戦で2得点1アシストの活躍を見せるなど、国際舞台での経験を重ねました。

2020-21シーズンも好調を維持し、リーグ戦32試合で5得点12アシストを記録。

チームの攻撃の中心として欠かせない存在となり、フランクフルトの躍進を支えました。

2021-22シーズンは、鎌田大地にとって飛躍の年となります。

リーグ戦では32試合に出場し、4得点3アシストを記録。

さらに、ヨーロッパリーグではFCバルセロナをはじめとする強豪クラブを相手に活躍し、フランクフルトの42年ぶりとなるヨーロッパリーグ優勝に大きく貢献しました。

続く2022-23シーズンも安定したパフォーマンスを発揮し、リーグ戦32試合で9得点6アシストを記録。

さらに、チャンピオンズリーグでも重要な役割を果たし、フランクフルトの躍進を支えました。

フランクフルトでの6シーズンを通じて、鎌田大地はヨーロッパトップレベルの選手へと成長を遂げました。

公式戦通算127試合に出場し、20得点を記録。

チームの中心選手として活躍し、その実力はドイツ国内だけでなく、海外のビッグクラブからも高く評価されるようになりました。

ベルギーでの経歴

2018年から2019年にかけての1シーズン、アイントラハト・フランクフルトからベルギーのシント・トロイデンVVへレンタル移籍しました。

シント・トロイデンでのプレーは、彼にとって大きな転機となりました。

ドイツでの1年目は出場機会が限られていたものの、ベルギーリーグでは貴重な実戦経験を積む場を得ることができたのです。

2018-19シーズンリーグ戦34試合に出場し、15得点を記録する活躍を見せました。

さらに、カップ戦でも2試合に出場し1得点をマーク。

合計36試合で16得点という素晴らしい成績を残し、その才能を存分に発揮しました。

特に注目すべきは、彼がシント・トロイデンの攻撃の中心として活躍し、チームに大きく貢献した点です。

ベルギーリーグのスタイルにも適応し、トップ下やセカンドストライカーとしての役割を見事にこなしました。

この1年間で得た経験は、鎌田大地に自信と実戦感覚を養わせるだけでなく、ヨーロッパサッカーへの適応力を高める重要な時間となりました。

その活躍が評価され、翌シーズンにはフランクフルトへ復帰。

ベルギーにおいて、ドイツでの飛躍につながる礎を築いたといえるでしょう。

イタリアでの経歴

2023年8月、セリエAの名門・ラツィオに加入し、イタリアでの新たなキャリアをスタートさせました。

シーズン序盤は順調な滑り出しを見せ、レギュラーとして出場機会を獲得。

9月2日のナポリ戦ではラツィオでの初ゴールを決め、チームの2-1の勝利に貢献しました。

しかし、シーズンが進むにつれて出場機会が減少し、チームも苦境に立たされることに。

マウリツィオ・サッリ監督の下ではウィングとして起用されることが多く、本来の得点力を発揮しづらい状況が続きました。

状況が好転したのは、2024年3月にサッリ監督が辞任し、イゴール・トゥドール監督が就任してからでした。

再びチャンスを掴み、7試合連続でスタメン出場。チームの5試合負けなしという好成績に貢献しました。

5月18日のインテル・ミラノ戦では、シーズン2点目となるゴールを決め、1-1の引き分けに貢献。

2023-24シーズンを通じて、28試合に出場し2得点を記録しました。

イタリアでの1年間は大きな挑戦となりましたが、最終的には持ち前の技術とサッカーIQを発揮し、チームに存在感を示しました。

イングランドでの経歴

2024年7月、プレミアリーグのクリスタル・パレスFCと2年契約を締結しました。

特に、フランクフルト時代の恩師であるオリバー・グラスナー監督の下でプレーすることが期待されており、チーム内での活躍に期待が高まっています。

イングランドでのキャリアは始まったばかりですが、鎌田大地の卓越した技術力やゲームメイク能力は、プレミアリーグの激しい競争環境においても十分に通用すると考えられています。

彼はトラップ、ボールキープ、ドリブル、パス、シュートといったプレーのほぼ全てにおいて高いスキルを備えており、さらに、豊富な運動量と戦術眼を持つオールラウンダーとしての特性も、プレミアリーグのスタイルに適応する要素となるでしょう。

日本代表での経歴

2015年にはU-22日本代表として中東遠征に参加し、その才能を存分に発揮しました。

2019年A代表に初選出され、3月22日のコロンビア戦でデビューを果たします。

これは、フランクフルトでの活躍が高く評価された結果でした。

その後、代表チームの重要な戦力としてプレーを続け、高いテクニックと優れたゲームメイク能力で活躍しています。

特に、2022年のFIFAワールドカップ・カタール大会では全試合に出場し、日本のベスト16進出に貢献しました。

グループステージのドイツ戦やスペイン戦では、巧みなパスワークと的確なゲームコントロールを披露しましたが、本人は大会を「不完全燃焼」と振り返っています。

2023年にはアジアカップ予選や公式戦で活躍し、日本代表の中心選手として存在感を発揮。現在も代表の主力メンバーとしてプレーを続けており、今後の国際大会でも重要な役割を担うことが期待されています。

 

鎌田大地の年俸は?

年俸は、プロキャリアの始まりから現在にかけて大きく変動し、その実力と活躍に応じて着実に上昇してきました。

2015年にサガン鳥栖でプロデビューした際の年俸は360万円でしたが、翌2016年には480万円に増加し、国内での評価を高めていきました。

2017年、ドイツのアイントラハト・フランクフルトへ移籍すると、年俸は約5500万円に跳ね上がり、海外挑戦の第一歩を踏み出します。

その後、2018年にはベルギーのシント=トロイデンへレンタル移籍し、年俸は4650万円となりましたが、フランクフルト復帰後の2019年には5300万円に回復しました。

2020年以降はフランクフルトでの活躍が評価され、年俸は急上昇。

2020年には2億4000万円、2021年には2億6000万円、2022年には2億7500万円と、右肩上がりを続けました。

この時期はブンデスリーガでの得点力やアシスト能力が注目され、日本代表としても欠かせない存在となっていました。

2023年にはイタリア・セリエAのラツィオへ移籍し、4億5000万円の高額年俸を受け取ります。

移籍当初は苦戦したものの、徐々にレギュラーに定着し、その存在感を示しました。

そして、2024-25シーズンからはプレミアリーグのクリスタル・パレスに加入。

現在の年俸は10億4000万円とされ、これはチーム内でも最高額とされています。

この数年間での急激な増加は、彼がヨーロッパ各国で結果を残してきた証といえるでしょう。

※金額は推定です。

 

鎌田大地の家族は?

家族は、父・母・本人・妹・弟の5人家族です。

父親の幹雄さんは、サッカー経験者であり、鳥取県出身です。

鳥取東高校から大阪体育大学へ進学し、大学時代はボランチとしてプレーしました。

現在は兵庫県尼崎市で会社員として働いています。

自身のサッカー経験を活かし、息子に高度な技術を身につけてほしいと考え、鎌田大地を3歳の頃からサッカーの世界へ導きました。

母親の貴子さんについては公にされている情報は少ないものの、インストラクターとして働いているという説があります。

の夏芽さんに関しても詳細な情報はありませんが、鎌田大地より2〜3歳年下とされています。

の大夢(ひろむ)さんは5歳年下で、Jリーグのプロサッカー選手として活躍。

幼少期から兄弟でサッカーに打ち込む環境が、鎌田大地の成長を大きく後押ししたと考えられます。

 

鎌田大地は結婚している?彼女は?

鎌田大地はすでに結婚しており妻と子供1人の家族を持っています。

結婚したのは2017年5月23日で、当時20歳という若さでした。

妻の名前は安莉紗(ありさ)さんであることが知られています。

一般の方のため職業などの詳細は明かされていませんが、その美しい容姿が話題となることもあります。

鎌田大地とは同い年で、学生時代から交際を続けていたといわれています。

また、2018年には第一子となる男の子が誕生しました。

性別や生年は公表されていますが、プライバシー保護の観点から詳しい情報は控えられています。

鎌田大地は20歳で結婚し、家庭を築きながらプロサッカー選手としてのキャリアを積み重ねてきました。

若くして家庭を持つことは、彼の精神的な成熟や強い責任感の表れとも言えるでしょう。

海外でプレーする選手にとって、家族の存在は大きな支えになります。

鎌田大地にとっても、妻や子供の存在が厳しい競争の中で戦い続ける原動力になっていると考えられます。

 

まとめ

ここまで鎌田大地の出身地や経歴、年俸、家族、結婚・彼女について詳しく紹介しました。

海外移籍も果たし、サッカー日本代表にも召集されています。

今後の活躍がますます期待されます。

これからも、 鎌田大地の活躍に注目していきましょう!

 

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