相馬勇紀は、JリーグのFC町田ゼルビアに所属し、フォワード/ミッドフィルダーとして活躍するプロサッカー選手です。
また、サッカー日本代表にも召集され、注目を集めています。
出身地はどこで、どんな経歴を持っているのでしょうか?
年俸はどのくらいなのでしょうか?
家族や結婚・彼女はどうなのでしょうか?
この記事では相馬勇紀のプロフィールを徹底的に調査しました。
サッカーへの向き合い方、人生観など、彼の魅力に迫ります。
相馬勇紀とはどんな選手なのか?
プロフィール
相馬勇紀(そうま ゆうき)は1997年2月25日生まれ、東京都調布市出身のプロサッカー選手です。
現在はJリーグのFC町田ゼルビアに所属し、背番号は7番をつけています。
身長166cm、体重68kg、利き足は右足、愛称は「ソマ」「ドラミちゃん」です。
俊敏なドリブルと相手ディフェンスを切り裂くスピードを武器に、縦への勝負を得意とする攻撃的な選手として知られています。
ポジションと特徴
ポジションはフォワードとミッドフィールダーで、主にウィングやサイドハーフとしてプレーしますが、センターフォワードとしても起用される万能型アタッカーです。
特徴としてまず挙げられるのがスピードです。
相手ディフェンダーの裏へ抜け出す動きはトップレベルで、「縦への突破力」が最大の武器とされています。
また、ドリブルに緩急が効いており、シンプルながら効果的な仕掛けで相手を翻弄します。
さらにキック精度も高く、右足が利き足ですが、左足でも正確なクロスを上げるプレーを得意としています。
守備への貢献度も高く、前線から積極的にプレスをかけることで、チーム全体の守備力向上にも寄与する献身的な選手として評価されています。
相馬勇紀の出身地は?
出身地は東京都調布市
出身は、東京都調布市です。
この市は東京都の多摩地域東部に位置し、1955年に市制を施行した人口約23万人の都市です。
東京23区に隣接し、都心への交通アクセスが良好でありながら、古くからの寺社や武蔵野の自然も残されており、住環境の整った住宅地として発展しています。
調布市で特に知られる名所には、深大寺、調布飛行場、電気通信大学、神代植物公園、布多天神社、味の素スタジアムがあります。
深大寺は天台宗別格本山の古刹で、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげる先生ゆかりの地としても有名です。
特産物として「深大寺そば」があり、その歴史は古く、江戸名所図会にも記載がみられる名物として親しまれています。
有名人としては、タレントの高田純次さん、女優の小川菜摘さん(浜田雅功夫人)、俳優の三浦翔平さんなど、多彩な分野で活躍する人材を輩出しています。
また、漫画家の水木しげるさんは調布市名誉市民として市民から愛されています。
小学校、中学校、高校、大学は?
小学校は、調布市立布田小学校に通いました。
幼稚園時代に友人に誘われてクラブチームのサッカースクールに入り、サッカーをはじめています。
中学校は調布市立第三中学校に進学し、クラブチームでプレーしていました。
高校は都立調布南高校へ進学。
高校でもクラブチームに在籍してプレーしました。
大学は早稲田大学スポーツ科学部に進学し、サッカー部へ入部しています。
相馬勇紀の経歴は?
年 | クラブ | 出場 | 得点 |
---|---|---|---|
2018-2024 | 名古屋グランパス | 128 | 9 |
2019 | 鹿島アントラーズ(loan) | 5 | 1 |
2023-2024 | カーザ・ピアAC(loan) | 56 | 7 |
2024- | FC町田ゼルビア |
プロ入り前の経歴
幼稚園時代の友人の兄の誘いで、小学校1年の時に三菱養和調布サッカースクールに入会し、サッカーを始めました。
小学2年生で味の素スタジアムのエスコートキッズを経験し、プロサッカー選手への憧れを強めました。
小学6年生のタイミングで強豪の三菱養和SCに移籍しています。
中学校では三菱養和SCジュニアユースに所属し、身体の小ささからフィジカルの差を痛感する時期を過ごしましたが、中学3年生で初の関東大会出場を果たし自信を獲得しました。
高校時代は三菱養和SCユースでプレーし、高校2年生で深刻なスランプに陥るも、ウエイトトレーニングでフィジカルを強化し復調を果たしました。
早稲田大学進学後は、入部が1ヶ月遅れるという苦労を経てサッカー部に加入し、大学3年生で関東大学リーグ2部アシスト王、大学4年生で関東大学サッカーリーグ戦1部優勝、ベストイレブン、アシスト王を獲得しプロ入りを決定しました。
Jリーグでの経歴 1
2018年5月に2019年シーズンより名古屋グランパスへの加入が内定し、特別指定選手として登録されました。
同年8月11日の鹿島アントラーズ戦でJ1デビューを果たし、初アシストを記録。
11月6日のセレッソ大阪戦でJ1初得点をマークしました。
2019年に名古屋グランパスへ正式加入しましたが、同年8月に鹿島アントラーズへ期限付き移籍。
鹿島では5試合に出場し1得点を記録しました。
2020年に名古屋へ復帰し、その後主力選手として活躍を続けました。
2022シーズンはJ1で全34試合に出場するなど、安定したパフォーマンスでチームに貢献。
この頃から日本代表にも定期的に招集されるようになり、国際舞台でも存在感を発揮しました。
ポルトガルでの経歴
2023年1月20日、初の海外挑戦となるポルトガル・プリメイラ・リーガのカーザ・ピアACへ期限付き移籍を果たしました。
1月29日のデビュー戦では1得点1アシストの活躍を見せ、ポルトガルリーグへの適応力の高さを証明しました。
カーザ・ピアACでの総成績は合計56試合に出場し7得点を記録。
海外のフィジカルサッカーに対応しながら、持ち前のスピードとドリブル技術で貢献しました。
ポルトガルでの経験は、戦術理解度の向上や国際舞台での経験値アップに大きく寄与し、後の日本代表での活躍にもつながる貴重な期間となりました。
Jリーグでの経歴 2
2024年7月11日に名古屋グランパスへ一旦復帰しましたが、わずか13日後の7月23日にFC町田ゼルビアへ完全移籍を果たしました。
町田ゼルビアでは背番号7を着用し、チームの攻撃の中核を担っています。
2024年シーズンは11試合に出場し1得点を記録。
持ち前のスピードとドリブル技術で、J1昇格を果たしたクラブの上位定着に貢献しています。
日本代表での経歴
2019年6月、U-22日本代表に選出され、トゥーロン国際大会に出場しました。
3試合1得点の活躍でチームの準優勝に貢献。
大会ベストイレブンに選ばれています。
そして同年11月に初めてA代表(日本代表)に選出されます。
同年12月10日に行われたEAFF E-1サッカー選手権2019の中国戦でA代表デビューを果たしました。
2020年にはU-23日本代表としてAFC U-23選手権に出場し、グループステージのシリア戦でゴールを記録しました。
2021年6月には東京オリンピックに向けたU-24日本代表に選出され、東京五輪に出場。
オリンピックという大舞台で貴重な経験を積み、その後のA代表での活躍につながる基礎を築きました。
2022年はA代表で最も充実したシーズンとなり、6試合に出場し4得点を記録。
この年のFIFAワールドカップ カタール2022にも出場し、日本代表のベスト16進出に貢献しました。
その後も継続的に代表に選出され、2025年3月末時点で国際Aマッチ通算17試合出場、5得点を記録しています。
相馬勇紀の年俸は?
年俸はキャリアの進展とともに段階的に上昇しています。
プロ加入初年度の2019年は名古屋グランパスで480万円でスタートし、翌2020年には1000万円へ上昇、2021年には2000万円、2022年には2400万円と順当に引き上げられました。
2023年のポルトガル・カーザ・ピアACへの期限付き移籍では、年俸は約3460万〜3800万円と報じられ、2023-24も同水準だったとされています。
2024年7月には名古屋からFC町田ゼルビアへ完全移籍。
この移籍に際し、町田が推定3億5000万円の移籍金を用意したと報じられており、クラブからの期待値の高さがうかがえます。
2024年内の年俸は明らかになっていません。
2025年シーズン、町田ゼルビアでの年俸は6800万円。
Jリーグ全体ランキングでも上位に位置し、クラブ内でも主力の待遇となっています。
※金額は推定です。
相馬勇紀の家族は?
家族は、父、母、本人の3人家族です。
父親は元テニスプレイヤーで、現役時代には松岡修造さんの練習パートナーを務めたこともある人物として知られています。
母親についても学生時代はテニスをしており、両親ともにスポーツに造詣が深い環境で育ちました。
高校時代のスランプや大学でのプロ入りを悩んだ際にも、両親は温かい支援を続け、彼の決断を後押ししました。
プロサッカー選手として成功を収めた現在も、家族は相馬勇紀の一番の理解者であり、支えとなっています。
相馬勇紀は結婚している?彼女は?
2021年5月に入籍し、同年8月に結婚を公表しました 。
妻はフリーアナウンサーの森山るりさんです 。
森山るりさんは1991年7月4日生まれ、愛知県出身のフリーアナウンサーです。
上智大学出身で、身長162cm、A型。
「ZIP!」や「ニュースモーニングサテライト」などの番組に出演経験があります。
2020年9月には9代目「WOWOWリーガール」にも選出されました。
大学時代はサッカーサークルのマネージャーを務めるほどのサッカーファンで、それが相馬勇紀との共通点となったことが結婚のきっかけの一つと考えられます。
2022年4月27日には第一子となる長男が誕生。
W杯代表選出の際には「妻が泣きながら喜んでくれた」と語るなど、夫婦の絆の深さがうかがえ、プライベートも非常に充実している様子です。
相馬勇紀にとって家族の存在は、プロサッカー選手としての活動をする上での大きな支えとなっていることは間違いありません。
まとめ
ここまで相馬勇紀の出身地や経歴、年俸、家族、結婚・彼女について詳しく紹介しました。
Jリーグで活躍し、サッカー日本代表にも召集されています。
今後の活躍がますます期待されます。
これからも、相馬勇紀の活躍に注目していきましょう!