吉田麻也は、アメリカ合衆国のロサンゼルス・ギャラクシーに所属し、ディフェンダーとして活躍するプロサッカー選手です。
また、かつてサッカー日本代表のキャプテンを務め、3度のFIFAワールドカップに出場するなど、長年にわたって日本代表を牽引しました。
出身地はどこで、どんな経歴を持っているのでしょうか?
年俸はどのくらいなのでしょうか?
家族や結婚・彼女はどうなのでしょうか?
この記事では吉田麻也のプロフィールを徹底的に調査しました。
サッカーへの向き合い方、人生観など、彼の魅力に迫ります。
吉田麻也とはどんな選手なのか?
プロフィール
吉田麻也(よしだ まや)は1988年8月24日生まれ、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手です。
現在はアメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)に所属するロサンゼルス・ギャラクシーでプレーしており、2026年シーズンの背番号は4番です。
身長189cm、体重87kg、利き足は右足で、主にセンターバックを務めています。
愛称は「まーちゃん」「まやちゃん」「マヤ」などです。
190cm近い長身と強靭なフィジカルを生かした空中戦や対人守備、後方からの正確なパスなどを武器に、長年にわたって欧州のトップリーグやMLSで活躍してきました。
ポジションと特徴
ポジションはディフェンダーで、主にセンターバックとしてプレーします。
特徴としてまず挙げられるのが190cm近い長身と強靭なフィジカルです。
相手フォワードとの空中戦や接触プレーで強さを発揮し、守備の要としてチームを支えます。
また、足元の技術にも優れており、後方から正確なパスを前線へ送り出す能力も大きな武器です。
センターバックでありながら、ボールを持って前進するプレーにも対応でき、攻守両面でチームに貢献します。
さらに、吉田麻也の大きな特徴としてリーダーシップも挙げられます。
サウサンプトンではゲームキャプテンを務め、日本代表でも長谷部誠からキャプテンマークを引き継ぎ、長年にわたってチームを牽引してきました。
2022年のカタールワールドカップでもキャプテンとして日本代表を率い、決勝トーナメント進出に貢献しています。
吉田麻也の出身地は?

出身地は長崎県長崎市
出身地は、長崎県長崎市です。
長崎市は江戸時代に海外との貿易の窓口として発展し、現在も異国情緒あふれる街並みや文化が残っています。
グラバー園や大浦天主堂、出島、眼鏡橋など、歴史的な観光スポットも数多くあります。
なかでも有名なのが「大浦天主堂」です。
大浦天主堂は長崎市南山手町にあり、1953年に国宝に指定されています。
2018年には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産として世界文化遺産にも登録されました。
また、長崎市ではカステラが特産品として知られています。
長崎ちゃんぽんや皿うどんなどのグルメも有名で、観光地としても人気の高い街です。
小学校、中学校、高校、大学は?
小学校は、長崎市立仁田小学校に通っていました。
現在の仁田佐古小学校にあたります。
このころから兄の影響を受け、小学2年生のときにサッカーを始めたとされています。
中学校は、長崎から愛知県へ移り住み、みよし市立北中学校に通いながらサッカーに打ち込みました。
高校は愛知県立豊田高等学校へ進学しました。
学業とサッカーを両立させながら力を伸ばしました。
大学は早稲田大学人間科学部eスクールへ進学。
プロサッカー選手として活動しながら通信教育課程で学び、2019年3月に卒業しています。
吉田麻也の経歴は?
| 年 | クラブ | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| 2007-2009 | 名古屋グランパス | 71 | 5 |
| 2010-2012 | VVVフェンロー | 54 | 5 |
| 2012-2020 | サウサンプトン | 154 | 6 |
| 2020 | サンプドリア(loan) | 14 | 0 |
| 2020-2022 | サンプドリア | 58 | 3 |
| 2022-2023 | シャルケ042 | 29 | 0 |
| 2023- | ロサンゼルス・ギャラクシー |
※クラブによってリーグ戦・公式戦など集計対象が異なるため、出場数は資料によって差があります。
プロ入り前の経歴
幼少期からサッカーに親しみ、長崎の南陵FCでプレーしていました。
小学校6年生のときには、兄が見つけた名古屋グランパスのU-15セレクションを家族で名古屋へ訪れた際に受験し、合格しました。
その後、中学進学を機に名古屋グランパスのジュニアユースへ加入します。
長男の兄も一緒に名古屋へ移住し、兄弟で生活しながらサッカーに打ち込みました。
高校時代は名古屋グランパスU-18へ進み、高校時代にはトップチーム昇格を見据える選手へと成長していきました。
高校卒業後の2007年に名古屋グランパスでプロデビューを果たしました。
Jリーグでの経歴
2007年にJ1リーグの名古屋グランパスでプロとしてのキャリアをスタートさせました。
初年度は19試合に出場しました。
2008年には22試合に出場して1得点を記録し、北京オリンピック代表候補としても注目を集めました。
2009年には30試合に出場して4得点を記録しました。
そして2009年12月、オランダへの完全移籍が決まりました。
オランダでの経歴
VVVフェンローではオランダ1部リーグでプレーし、海外での経験を積みました。
2011-2012シーズンには32試合に出場して5得点を記録するなど、センターバックながら得点力も発揮しました。
この活躍によって評価を高め、2012年にイングランド・プレミアリーグへ移籍することになりました。
イングランドでの経歴
2012年にイングランド・プレミアリーグのサウサンプトンへ移籍しました。
加入後は主力センターバックの一人として定着し、2012-13シーズンには32試合に出場しました。
その後も長期間にわたってチームの中心選手として活躍し、2017-18シーズンには24試合に出場して2得点を記録しています。
また、サウサンプトンではゲームキャプテンを務める機会も多く、リーダーとしてチームを支えました。
2020年の退団まで約8年間在籍し、公式戦では通算194試合に出場するなど、クラブを代表する日本人選手の一人となりました。
イタリアでの経歴
2020年にイタリア・セリエAのサンプドリアへ移籍しました。
2019-20シーズンは期限付き移籍として14試合に出場しました。
その後完全移籍となり、2020-21シーズンには32試合で1得点、2021-22シーズンには26試合で2得点を記録しました。
イタリアでもレギュラーとして安定したパフォーマンスを披露しました。
ドイツでの経歴
2022年にドイツ・ブンデスリーガのシャルケ04へ移籍しました。
2022-23シーズンにはリーグ戦29試合に出場し、守備の中心としてチームを支えました。
アメリカでの経歴
2023年8月、アメリカ・メジャーリーグサッカーのロサンゼルス・ギャラクシーへ移籍しました。
2023年シーズンは12試合で1得点を記録し、2024年にはリーグ戦で34試合に出場するなど、チームの主力として活躍しました。
2024年シーズンには山根視来らとともにMLSカップ優勝に貢献し、クラブ史上6度目となるリーグ制覇を経験しました。
2024年12月にはクラブとの契約延長が発表され、2026年シーズンもロサンゼルス・ギャラクシーでプレーしています。
2026年シーズンも主力として起用されています。
日本代表での経歴
吉田麻也は、オリンピック代表と日本代表の双方で長く活躍してきました。
2008年には北京オリンピック代表に選出され、北京五輪に出場しました。
2012年のロンドンオリンピックにも出場し、日本の4位入賞に貢献しています。
さらに2020年の東京オリンピックにもオーバーエージ枠で出場し、3大会連続のオリンピック出場を果たしました。
オリンピックでは通算13試合に出場しています。
A代表では2009年に初招集され、2010年1月のイエメン戦で国際Aマッチデビューを果たしました。
その後、日本代表の中心選手として定着し、2014年ブラジルワールドカップ、2018年ロシアワールドカップ、2022年カタールワールドカップに出場しました。
2018年のロシアワールドカップ後には長谷部誠からキャプテンマークを引き継ぎ、日本代表の主将を務めました。
2022年のカタールワールドカップでもキャプテンとしてチームを率い、日本の決勝トーナメント進出に貢献しました。
2022年のカタールワールドカップ後は代表活動から離れていましたが、2026年5月、アイスランド戦に向けて追加招集されました。
5月31日のアイスランド戦では先発出場し、2022年ワールドカップ以来となる日本代表戦でキャプテンマークを巻きました。
この試合では前半14分までプレーし、約3年半ぶりに代表戦に復帰しています。
その後、2026年のFIFAワールドカップでは正式な選手登録メンバーではなく、サポート役として日本代表に同行しました。
吉田麻也にとっては、選手として出場した2014年、2018年、2022年に続き、4度目のワールドカップを経験することになりました。
吉田麻也の年俸は?

年俸は、プロキャリアをスタートさせた2007年の名古屋グランパス時代には360万円程度と言われています。
その後、2008年には800万円、2009年には1,600万円程度まで上昇。
2009年にVVVフェンローへ移籍すると、年俸は大きく上昇し1億円に。
2012年からのサウサンプトン時代に2億円~4億円の間で推移したとされています。
2020年から所属したイタリアのサンプドリアでは1億8000万円に。
2022年から所属のドイツのシャルケでは2億4000万円に増額しています。
2023年から所属するロサンゼルス・ギャラクシーでは1億2000万円スタートでしたが、現在は6800万円となっています。
※金額は推定です。
吉田麻也の家族は?

家族は、父・母・兄2人・本人の5人家族です。
吉田麻也は3人兄弟の末っ子として生まれました。
父の吉田有(たもつ)さんは、長崎市で下宿を経営していたとされています。
家族や息子の友人たちを温かく受け入れるなど、吉田麻也を支えてきた人物として知られています。
母の昭子さんも、名古屋で生活することになった吉田麻也を支え、家探しなどをサポートしました。
長男の兄・穂波さんは麻也より7歳年上で、中学進学時に一緒に名古屋へ移住しました。
次男の兄・未礼さんは麻也より6歳年上です。
吉田麻也が小学2年生のときにサッカーを始めたのも兄たちの影響が大きかったとされています。
幼少期からプロ入りまで、家族の支えが吉田麻也のサッカー人生に大きな影響を与えたことは間違いありません。
吉田麻也は結婚している?彼女は?

吉田麻也は結婚しています。
2012年9月26日に、自身のブログで一般女性との結婚を発表しました。
妻は名古屋グランパス時代から交際していた女性で、結婚当時は愛知県豊田市在住だったと報じられています。
プロポーズについては、親しい友人だった内田篤人さんに相談していたことも知られています。
2016年11月には第1子となる長女が誕生しました。
さらに2025年11月12日には、第2子となる男児が誕生したことを本人が報告しています。
現在は妻と長女、長男の4人家族として生活しています。
海外クラブを渡り歩きながら長年プロサッカー選手として活動してきた一方で、家族との時間も大切にしていることがうかがえます。
まとめ
ここまで吉田麻也の出身地や経歴、年俸、家族、結婚・彼女について詳しく紹介しました。
吉田麻也は長崎県長崎市で生まれ、名古屋グランパスでプロ入りすると、VVVフェンロー、サウサンプトン、サンプドリア、シャルケ04を経て、現在はロサンゼルス・ギャラクシーでプレーしています。
日本代表では2014年、2018年、2022年の3度のワールドカップに出場し、長谷部誠からキャプテンマークを引き継いで代表を牽引しました。
2026年には一時的に日本代表へ復帰し、アイスランド戦でキャプテンとして出場。
その後はサポート役として2026年ワールドカップにも同行しました。
現在も現役選手としてロサンゼルス・ギャラクシーでプレーを続けており、今後の活動にも注目が集まります。
これからも、吉田麻也の活躍に注目していきましょう!
