井手口陽介は、J1リーグのヴィッセル神戸に所属し、ミッドフィルダーとして活躍するプロサッカー選手です。
また、サッカー日本代表にも召集され、注目を集めています。
出身地はどこで、どんな経歴を持っているのでしょうか?
年俸はどのくらいなのでしょうか?
家族や結婚・彼女はどうなのでしょうか?
この記事では井手口陽介のプロフィールを徹底的に調査しました。
サッカーへの向き合い方、人生観など、彼の魅力に迫ります。
井手口陽介とはどんな選手なのか?
[89′] 井手口陽介 !! VISSEL KOBE 2-1 FC SEOUL
— ヴィッセル神戸 (@visselkobe) Mar 11, 2026
プロフィール
井手口陽介(いでぐち ようすけ)は1996年8月23日生まれ、福岡県福岡市博多区出身のプロサッカー選手です。
現在はJ1リーグ所属のヴィッセル神戸でプレーしており、背番号は7番をつけています。
身長171cm、体重71kg、利き足は右足、愛称は「グチ」です。
豊富な運動量と球際の強さで中盤を制圧し、思い切りの良いミドルシュートでゴールも奪える、攻守にバランスの取れた選手です。
ポジションと特徴
【井手口プレー集】
— うーみん (@pancavidya) Dec 9, 2023
ポジションはミッドフィルダーで、主にセントラルミッドフィルダーとして、ボランチやインサイドハーフでプレーします。
特徴としてまず挙げられるのがボール奪取能力です。
小柄な体格ながら自分から相手に当たりにいくコンタクトの強さがあり、中盤で相手の攻撃の芽を摘み取ります。
また、豊富な運動量も大きな武器です。
広い範囲をカバーして守備に貢献するだけでなく、攻撃時にも相手の隙を突いて前線へ顔を出します。
さらに、中盤からの得点力も見逃せません。
2017年のワールドカップアジア3次予選・オーストラリア戦で決めた豪快なミドルシュートに象徴されるように、思い切りの良いシュートでゴールを狙います。
井手口陽介の出身地は?

出身地は福岡県福岡市博多区
出身地は、福岡県福岡市博多区です。
福岡市の東部に位置し、博多駅・博多港・福岡空港を擁する交通の中枢として栄える、人口約25万人の区です。
九州最大のターミナル駅である博多駅の周辺には大規模なビジネス街が広がっており、キャナルシティ博多やJR博多シティなどの大型商業施設も数多く集まっています。
また、日本三大歓楽街のひとつとして知られる「中洲」も区内にあり、夜になると多くの人で賑わいます。
歴史面では、博多総鎮守として知られる「櫛田神社」の奉納神事「博多祇園山笠」が毎年行われることで全国的に有名です。
「東長寺」や「承天寺」、「住吉神社」といった古くからの神社仏閣も軒を連ね、商業都市として栄えた博多の面影を今に伝えています。
特産品としては、伝統工芸品の「博多織」が知られているほか、「明太子」や「博多ラーメン」といった福岡を代表するグルメも豊富で、食の面でも魅力あふれる街です。
スポーツの面でも、区内の東平尾公園には、Jリーグのアビスパ福岡が本拠地とする「博多の森球技場」があります。
有名人としては、俳優の武田鉄矢さん、俳優の瀬戸康史さん、女優の牧瀬里穂さんなど、多彩な分野で活躍する人材を輩出しています。
このように、博多区は交通、歴史、文化、食といった魅力がバランスよく融合した、活気あふれる街です。
小学校、中学校、高校、大学は?
小学校は、福岡市立板付小学校に通いました。
この頃から地元のサッカークラブでボールを蹴り始め、サッカーの基礎を身につけていきました。
中学校は大阪の中学校に進学し、この頃はJリーグの下部組織でプレーしながら技術を磨いていました。
高校は大阪府の追手門学院高等学校へ進学しました。
この頃もJリーグの下部組織でプレーを続け、着実に力をつけていきました。
大学へは進学せず、高校在学中に結んだプロ契約でそのままプロの道を歩みました。
井手口陽介の経歴は?
井手口陽介選手が明治安田Jリーグ百年構想リーグ 地域リーグラウンドベストイレブン(J1 WEST)を受賞しました!
— ヴィッセル神戸 (@visselkobe) Jun 2, 2026
| 年 | クラブ | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| 2014-2017 | ガンバ大阪 | 60 | 8 |
| 2018-2019 | リーズ・ユナイテッド | 0 | 0 |
| 2018 | クルトゥラル・レオネサ(期限付き) | 5 | 0 |
| 2018-2019 | グロイター・フュルト(期限付き) | 7 | 1 |
| 2019-2021 | ガンバ大阪 | 67 | 6 |
| 2022-2023 | セルティックFC | 3 | 0 |
| 2023 | アビスパ福岡(期限付き) | 21 | 0 |
| 2024- | ヴィッセル神戸 |
プロ入り前の経歴
幼少期から、サッカーをしていた8歳上と5歳上の2人の兄以上に、サッカーに没頭していました。
小学1年生で迎えた2002年のワールドカップでは、ロナウドの大ファンだったことからブラジル代表の試合をすべて録画し、気に入ったシーンを何度も巻き戻して見返していたそうです。
小学4年生の時に地元の中央FCに入団し、小学6年生からは油山カメリアFCでプレーしました。
当時のポジションはフォワードで、同時にアビスパ福岡スーパースクールにも通っていました。
中学校時代は、ガンバ大阪ジュニアユースのセレクションに合格し、福岡から大阪へ渡ってプレーしました。
セレクションでは本人に手応えはなかったものの、スタッフ全員が満場一致でその才能を認め、最終選考を待たずに合格を告げられたといいます。
入団後は早くから頭角を現して中心選手として活躍し、2011年のメニコンカップ クラブユース東西対抗戦では最優秀選手賞を受賞しました。
同年末には飛び級でユースチームの練習に参加し、Jユースカップにも出場しています。
高校時代はガンバ大阪ユースでプレーし、年代別の日本代表にも選出されるようになりました。
2013年にはトップチームに2種登録選手として登録され、プロへの道が大きく開けていきました。
Jリーグでの経歴 1
今から行われる日本代表vsベルギー代表の試合に、ガンバ大阪から選出された井手口選手がスタートから出場します!!
— ガンバ大阪オフィシャル (@GAMBA_OFFICIAL) Nov 15, 2017
2014年3月31日、ガンバ大阪のトップチームへの昇格が発表されました。
ユース在籍中のトップチームへの飛び級昇格は、宇佐美貴史以来5人目となりました。
4月16日のナビスコカップ・鳥栖戦で公式戦デビューを果たしています。
チームはこの年、J1リーグ、ナビスコカップ、天皇杯の3冠を達成しました。
8月10日にはJリーグ・アンダー22選抜の一員としてJ3の福島ユナイテッドFC戦に出場し、Jリーグ初出場を果たしています。
2015年4月29日の松本山雅FC戦でJ1リーグ戦デビューを果たしました。
7月12日にはJ3のSC相模原戦でJリーグ初ゴールを記録しています。
その後はベンチ入りする機会すらほとんどありませんでしたが、シーズン終盤になると主に試合後半の守備要員として起用されるようになりました。
Jリーグチャンピオンシップでも2試合に途中出場しています。
天皇杯決勝の浦和レッズ戦ではボランチとして出場し、中盤でのボール奪取能力を発揮してガンバの天皇杯連覇に貢献しました。
この年のJ1リーグでは8試合に出場しました。
2016年、前半戦はU-23日本代表との兼ね合いで出場機会が限られましたが、後半戦は主力に定着しました。
9月17日の名古屋グランパス戦でJ1リーグ初ゴールを記録すると、10月22日の2ndステージ第15節・横浜F・マリノス戦では自身初となる1試合2得点の活躍を見せました。
10月にはルヴァンカップでの活躍が認められ、ニューヒーロー賞を受賞しています。
決勝の浦和レッズ戦はPK戦の末に敗れましたが、豊富な運動量とボール奪取能力を存分に発揮しました。
シーズン終了後のJリーグアウォーズではベストヤングプレーヤー賞を受賞し、ニューヒーロー賞とのW受賞は2002年の坪井慶介以来14年ぶり3人目となりました。
この年のJ1リーグでは22試合に出場し4得点を記録しています。
2017年には背番号が「8」に変更されました。
3月にAFCチャンピオンズリーグの済州ユナイテッドFC戦で負傷離脱しましたが、19日の浦和レッズ戦で途中出場から復帰を果たしました。
4月21日の第8節・大宮アルディージャ戦ではミドルシュートを決めています。
この年のJ1リーグでは30試合に出場し4得点を記録し、Jリーグベストイレブンにも選出されました。
ガンバ大阪では4年間で通算60試合に出場し8得点を記録し、2018年1月にはイングランドのリーズ・ユナイテッドへの完全移籍が発表されました。
イングランド・スペインでの経歴
井手口陽介(リーズ・ユナイテッド)
— しゅん (@bellmare1208) Sep 17, 2021
2018年1月9日、イングランド2部のフットボールリーグ・チャンピオンシップに所属するリーズ・ユナイテッドへの完全移籍が発表されました。
契約期間は2022年夏までの4年半で、当時21歳での欧州挑戦となりました。
前年の2017年にはJリーグベストイレブンに選ばれ、日本代表としてもワールドカップ出場に貢献するなど、大きな注目を集めていた時期の海外移籍でした。
しかし、イギリスの労働ビザの発行基準を満たしていなかったため、スペイン2部のクルトゥラル・レオネサへ2017-18シーズン終了までの期限付き移籍をすることも同時に発表されました。
クルトゥラル・レオネサは、スペイン北西部のレオンを本拠地とするクラブです。
1月21日、セグンダ・ディビシオン第23節のCAオサスナ戦で途中出場し、移籍後初出場を果たしました。
この試合は約10分間の出場でしたが、果敢なプレーを披露して待望の欧州デビューを飾りました。
続く2月18日の第27節・ラージョ・バジェカーノ戦では移籍後初先発となりましたが、前半のみでの交代となりました。
クルトゥラル・レオネサでは、リーグ戦5試合に出場するにとどまり、得点を挙げることはできませんでした。
ドイツでの経歴
井手口陽介、ブンデス2部のデビュー戦で初ゴール! 奥川雅也との「日本人対決」は実現せず
— サッカーダイジェスト (@weeklysd) Sep 15, 2018
2018-19シーズンに向けてリーズに復帰しましたが、新指揮官マルセロ・ビエルサの下では構想外となり、リーグ戦の出場機会を得られませんでした。
2018年8月21日、ドイツ2部ブンデスリーガのSpVggグロイター・フュルトへ、買い取りオプション付きで1年間の期限付き移籍をすることが発表されました。
9月の第5節・ホルシュタイン・キール戦で移籍後初スタメンを果たすと、移籍後初ゴールも決めました。
新天地での一撃はチームの2連勝にもつながりました。
しかし、その後は定位置の確保には至りませんでした。
グロイター・フュルトでは、リーグ戦7試合に出場し1得点を記録しています。
このほか、セカンドチームが所属するブンデス4部のリーグ戦にも1試合出場しました。
2019年8月には、ガンバ大阪への完全移籍で1年半ぶりに日本へ復帰することが発表されました。
Jリーグでの経歴 2
【G大阪】”神出鬼没”の井手口陽介、そのスタイルはもはや単なるボランチの枠組みを超えている!
— サッカーダイジェスト (@weeklysd) Nov 4, 2020
2019年8月5日、1年半ぶりとなるガンバ大阪への完全移籍が発表されました。
8月10日の第22節・サンフレッチェ広島戦で途中出場し、復帰後初出場を果たしました。
8月23日の第24節・鹿島アントラーズ戦では移籍後初のフル出場を果たしています。
11月30日の第33節・松本山雅FC戦では、復帰後初ゴールを含む2得点を挙げました。
この年のJ1リーグでは12試合に出場し2得点を記録し、ルヴァンカップにも4試合に出場しました。
2020年は26試合に出場し4得点と存在感を高め、Jリーグ優秀選手賞に選ばれました。
2021年にはリーグ戦29試合に出場し、チームの中盤を支え続けました。
同年は天皇杯で1得点を挙げたほか、AFCチャンピオンズリーグにも6試合に出場しています。
復帰後の2年半近くで通算67試合に出場し6得点を記録し、2021年12月31日にはスコットランドの名門セルティックへの完全移籍が発表されました。
スコットランドでの経歴
Hoopy Birthday to Yosuke Ideguchi – 30 years old today!
— Celtic news now (@Celticnewsnow) Aug 23, 2026
2021年12月31日、スコティッシュ・プレミアシップの名門セルティックFCへの完全移籍が発表されました。
2022年1月17日、本拠地セルティック・パークで行われた第21節のハイバーニアンFC戦で途中出場し、移籍後初出場を果たします。
この試合ではデビュー戦の前田大然が開始4分に得点を挙げ、旗手怜央も先発出場するなど、日本人選手が躍動しました。
しかし、その後は負傷に悩まされ、出場機会をつかむことができませんでした。
2021-22シーズンのセルティックはスコティッシュ・プレミアシップを制しており、井手口陽介も在籍選手として優勝を経験しました。
2022-23シーズンは公式戦の出場がなく、セルティックでのリーグ戦出場は3試合にとどまり、得点を挙げることはできませんでした。
2023年2月には、地元・福岡市を本拠地とするアビスパ福岡への期限付き移籍が発表されました。
Jリーグでの経歴 3
【完全移籍加入のお知らせ】MF井手口陽介選手がセルティックFCより完全移籍で加入することが決まりました。
— ヴィッセル神戸 (@visselkobe) Jan 9, 2024
2023年2月7日、地元・福岡市を本拠地とするアビスパ福岡へ期限付き移籍で加入しました。
シーズン序盤の3月4日、第3節の柏レイソル戦で加入後初先発を果たしましたが、前半に右足関節外果骨折の重傷を負い、全治3か月と診断されました。
それでも6月3日の古巣ガンバ大阪戦で復帰すると、その後はレギュラーに定着しました。
11月4日のルヴァンカップ決勝にもフル出場し、クラブ初タイトルとなる優勝に貢献しています。
この年のJ1リーグでは21試合に出場し、Jリーグ優秀選手賞にも選ばれました。
2024年1月9日、ヴィッセル神戸への完全移籍が発表されました。
開幕戦から2試合はフル出場したものの、その後はインサイドハーフで宮代大聖が起用されたため、ベンチを温める日々が続きました。
7月に入って同じポジションの山口蛍が離脱したことで出場機会が増え、9月25日の天皇杯準々決勝・鹿島アントラーズ戦では試合終了間際にミドルシュートを決め、移籍後初ゴールを挙げました。
この年はJ1リーグ28試合に出場し、チームのJ1リーグと天皇杯の2冠にも貢献してJリーグ優秀選手賞に選ばれました。
2025年は開幕前の怪我で出遅れましたが、3月12日のAFCチャンピオンズリーグエリート・ラウンド16の光州FC戦で復帰しました。
5月3日のファジアーノ岡山戦ではリーグ戦で2020年のガンバ大阪在籍時以来5年ぶりとなる得点を挙げました。
この年はJ1リーグ30試合に出場し1得点を記録しています。
2026年に行われたJ1クラブによる特別大会「明治安田J1百年構想リーグ」では19試合に出場し1得点を記録し、チームの優勝に貢献しました。
自身も地域リーグラウンドのWESTベストイレブンに選出されています。
日本代表での経歴
日本2-0オーストラリア戦の後半82分に日本の2点目を決めた井手口陽介選手
Yosuke Ideguchi celebrates with Yuto Nagatomo after his goal Japan 2-0 Australia at Saitama 31 Aug 2017— tphoto (@tphoto2005) Jul 27, 2025
ガンバ大阪ユース時代から年代別の日本代表に名を連ね、2014年にはU-19日本代表としてAFC U-19選手権に出場しました。
2016年にはAFC U-23選手権のメンバーに最年少として選出され、U-23日本代表として出場しました。
グループリーグ第3戦のサウジアラビア戦では、インサイドハーフとして出場して貴重な2点目を挙げています。
この大会で日本は優勝を果たしました。
7月1日には、リオデジャネイロオリンピックのメンバーにもチーム最年少で選出されました。
グループステージ第2戦のコロンビア戦ではボランチとして先発出場し、2-2の引き分けとなりました。
第3戦のスウェーデン戦では後半途中から出場しましたが、チームはグループ3位で予選敗退となりました。
同年11月、キリンチャレンジカップのオマーン戦とワールドカップアジア3次予選のメンバーで、A代表に初めて招集されました。
この時は出場機会がありませんでしたが、2017年6月7日のキリンチャレンジカップ・シリア戦で山口蛍に代わって途中出場し、A代表デビューを果たします。
6月13日のワールドカップアジア3次予選・イラク戦では代表初先発を飾りました。
8月31日のオーストラリア戦では、82分にダメ押しとなる代表初ゴールを挙げ、日本代表の6大会連続ワールドカップ出場決定に貢献しました。
21歳8日でのワールドカップ最終予選ゴールは中田英寿に次ぐ若さで、ワールドカップ出場を決めた試合の得点者としては歴代最年少となりました。
12月のEAFF E-1サッカー選手権2017にも出場し、初戦の北朝鮮戦では試合終了間際に決勝ゴールを決めています。
2018年のワールドカップ・ロシア大会のメンバー入りが有力視されていましたが、クルトゥラル・レオネサで出場機会に恵まれなかった影響もあって最終メンバーからは外れました。
バックアップメンバーとして同行する予定でしたが、所属するリーズ・ユナイテッドからの合流要請を受け、代表がロシア入りする前にチームを離れることとなりました。
森保一監督の就任後はしばらく代表から遠ざかりましたが、2019年11月19日のキリンチャレンジカップ・ベネズエラ戦で約1年半ぶりに代表復帰を果たしました。
同年12月にはEAFF E-1サッカー選手権2019にも出場しています。
日本代表としては、国際Aマッチ通算15試合に出場し2得点を記録しています。
井手口陽介の年俸は?

年俸は、プロ2年目でトップチームの一員となった2015年のガンバ大阪時代には480万円だったとされています。
2016年には700万円に上昇し、飛躍のシーズンとなった2017年には2,500万円まで一気に跳ね上がりました。
2018年から2019年にかけて在籍したリーズ・ユナイテッド、クルトゥラル・レオネサ、グロイター・フュルトでの年俸については、詳細な情報はありません。
2019年にガンバ大阪へ復帰したのち、2020年には5,000万円、2021年には5,800万円と着実に増額されました。
そして、2022年に加入したセルティックFCでは、最高で1億1,700万円だったと報じられています。
これは井手口陽介のキャリアの中でも最も高い水準です。
2023年に期限付き移籍したアビスパ福岡では5,900万円でした。
2024年にヴィッセル神戸へ完全移籍した際の年俸は6,800万円で、2025年も同額とされています。
2026年は6,600万円と報じられています。
このように、井手口陽介の年俸はJリーグでの活躍と海外挑戦を経て大きく上昇しており、日本代表のW杯予選で活躍した実力が評価されていることがわかります。
※金額は推定です。
井手口陽介の家族は?

家族構成は、母・兄2人・本人の4人家族です。
父親については、職業などの詳しい情報は公表されていません。
母親は、井手口陽介が中学生になるタイミングで「福岡を出て、より高いレベルに挑戦させてみたい」と考え、ガンバ大阪ジュニアユースのセレクション受験を提案した人物です。
きっかけは、アビスパ福岡ジュニアに所属していた次兄が、埼玉の江南南サッカー少年団と対戦した試合を見て、そのプレーの質の高さに驚いたことでした。
この提案がなければ、井手口陽介がガンバ大阪でプロへの道を歩み始めることはなかったかもしれません。
高校2年生の頃、私生活で荒れてサッカーを辞めることも考えた井手口陽介でしたが、当時大病を患っていた母親の言葉で立ち直り、プロでの活躍を目指すようになったといいます。
兄は2人いて、長兄の井手口正昭は8歳上の元プロサッカー選手です。
井手口陽介が中学進学とともに大阪へ渡った際には、阪南大学の選手だった長兄が大阪にいました。
荒れていた高校時代には、その長兄の説得も立ち直るきっかけとなりました。
5歳上の次兄もサッカーに打ち込んでおり、兄たちの存在が井手口陽介をサッカーへ向かわせたとも言えるでしょう。
家族全員が井手口陽介の活躍を温かく見守り、サポートしていたことは想像に難くありません。
井手口陽介は結婚している?彼女は?

井手口陽介は2015年末に一般の方と結婚したことを、2016年6月にクラブを通じて発表しています。
発表では、同年6月17日に第一子となる長女が誕生したことも併せて報告されました。
結婚した当時はまだ19歳で、Jリーグの若手選手としては早い結婚でした。
結婚と長女の誕生を経た2016年には、Jリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞するなど飛躍のシーズンを送っており、家族を持ったことが大きな原動力になっていたとも考えられます。
その後、海外挑戦や地元・福岡でのプレーなど環境が大きく変わるなかでも、家族の支えが心の支えになってきたと考えられます。
今後も家族に見守られながら、選手としての活躍を続けていくことが期待されます。
まとめ
ここまで井手口陽介の出身地や経歴、年俸、家族、結婚・彼女について詳しく紹介しました。
Jリーグで活躍し、サッカー日本代表にも選出されました。
今後の活躍がますます期待されます。
これからも、 井手口陽介の活躍に注目していきましょう!

