冨安健洋は、オランダ・エールディビジのアヤックスに所属し、ディフェンダーとして活躍するプロサッカー選手です。
また、サッカー日本代表にも召集され、注目を集めています。
出身地はどこで、どんな経歴を持っているのでしょうか?
年俸はどのくらいなのでしょうか?
家族や結婚・彼女はどうなのでしょうか?
この記事では冨安健洋のプロフィールを徹底的に調査しました。
サッカーへの向き合い方、人生観など、彼の魅力に迫ります。
冨安健洋とはどんな選手なのか?
プロフィール
冨安健洋(とみやす たけひろ)は1998年11月5日生まれ、福岡県福岡市博多区出身のプロサッカー選手です。
現在はオランダのエールディビジ所属のアヤックスに所属し、背番号は32番をつけています。
身長188cm、体重84kg、利き足は右足、愛称は「トミ」「トミー」「トム」「タケ」です。
高い身体能力と頭脳的なプレーを兼ね備え、センターバックだけでなくサイドバックや守備的ミッドフィールダーもこなす柔軟性を持った選手です。
ポジションと特徴
ポジションはディフェンダーで、主にセンターバックとしてプレーしますが、サイドバックや守備的ミッドフィールダーとしてもプレー可能な万能型ディフェンダーです。
特徴としてまず挙げられるのが高い身体能力です。
小学生時代に所属したチームの総監督からは「恐ろしいくらい速かった」「福岡県で彼に追いつける足を持っている子はいなかった」と評されるほど、足の速さが際立っています。
また、頭脳的なプレーも彼の大きな強みです。
フィジカル任せではなく、読みやポジショニングを意識したプレーを見せ、幼少期から「今の自分にできること・できないこと」を整理する能力に長けていました。
さらに、対応の柔軟性も見逃せません。
センターバックだけでなく、サイドバックや守備的ミッドフィールダーとしても高いレベルでプレーでき、チームの戦術に合わせた幅広いポジションこなしが可能です。
出身地は福岡県福岡市博多区
出身地は、福岡県福岡市博多区です。
博多区は九州地方の玄関口として機能する交通の要衝です。
博多駅には新幹線やJR、地下鉄、バスなどが集まり、福岡県内や九州各地への移動に欠かせない拠点となっています。
また、中洲川端駅前から400メートルにわたって続く川端通商店街は、100年以上もの歴史を持つ商業の町でありながら、両端には「博多リバレイン」や「キャナルシティ博多」といった現代的な商業施設が位置しており、歴史ある商店街とトレンドを押さえた施設の両方を楽しむことができる場所です。
また、博多旧市街エリアにはうどんやそば、饅頭などの国内発祥地とされる「承天寺」のような歴史ある寺社が数多く存在し、伝統文化を深く体感できるエリアです。
博多区の名所としては、まず博多の総鎮守として「お櫛田さん」の愛称で広く市民から親しまれている櫛田神社が挙げられます。
祭神は大幡主命や天照皇大神、素盞嗚尊が祀られており、博多祇園山笠と深い関わりを持つ神社としても有名です。
そして、博多祇園山笠は約780年の伝統を持つ夏の祭りで、ユネスコの無形文化遺産や国の重要無形民俗文化財にも登録されています。
7月1日の飾り山笠公開から15日早朝の追い山まで、福岡の博多区を中心に開催され、山笠と呼ばれる巨大な舁山を担ぎながら街を練り歩くのが特徴です。
特産物としては、博多ラーメンが世界的に有名です。
豚骨ベースの乳白色の濃厚なスープに、極細のストレート麺が特徴で、札幌ラーメンや喜多方ラーメンと並んで日本三大ラーメンの一つに数えられています。
また、替え玉という独自の文化もあり、辛子高菜や紅ショウガなどのトッピングで味変を楽しむのも魅力です。
博多区出身の著名人には、歌手で俳優の武田鉄矢、芸能人の大神いずみなどがいます。
小学校、中学校、高校、大学は?
小学校は、福岡市立三筑小学校に通いました。
この時期から地元クラブチームでサッカーを始め、その才能を開花させていきました。
中学校は福岡市立三筑中学校に進学し、Jリーグクラブの下部組織でプレーしながら技術を磨いていました。
高校は九州産業大学付属九州高等学校へ進学。
Jリーグクラブの下部組織に所属しながら、同校に通学していました。
大学は進学せず、プロのキャリアをスタートさせました。
冨安健洋の経歴は?
| 年 | クラブ | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| 2015-2017 | アビスパ福岡 | 45 | 1 |
| 2018-2019 | シント=トロイデン | 27 | 1 |
| 2019-2021 | ボローニャ | 61 | 3 |
| 2021-2025 | アーセナル | 65 | 2 |
| 2025-2026 | アヤックス |
プロ入り前の経歴
幼少期からサッカーに親しみ、地元の三筑キッカーズでその才能を育み始めます。
小学1年生から所属した三筑キッカーズでは、小学3年生の頃にはあまりの実力差から対戦相手の監督に「同じ学年では相手にならないので、冨安を出さないでくれ」と頼まれるほどでした。
小学4年生時には体格が6年生並みであり、6年生中心のトップチームでプレーしていました。
中学校進学後はアビスパ福岡U-15に所属し、中学で学業とサッカーを両立しました。
この時期から、彼の俊敏な動きと身体能力が際立ち、注目される存在となります。
高校時代はアビスパ福岡U-18に所属。
高校2年生時の天皇杯で公式戦デビューを果たすなど早くから頭角を現しました。
Jリーグでの経歴
2015年にアビスパ福岡の2種登録選手となり、2016年にトップチームへ昇格しました。
初年度から井原正巳監督の厚い信頼を受け、若さを活かしたプレーを見せます。
そのシーズンはJ1リーグで10試合に出場しました。
2017年シーズンにはさらなる飛躍を遂げ、J2リーグで35試合に出場、1得点をあげました。
この活躍を評価されて、ベルギー移籍が決定します。
ベルギーでの経歴
2018年、ベルギー1部リーグのシント=トロイデンへ移籍しました。
加入初年度は出場機会が限られましたが、2018-19シーズンにチームに欠かせない存在となり、公式戦30試合に出場し1得点を挙げるなど安定したパフォーマンスを見せました。
ベルギーリーグでの経験を通じて、欧州サッカーのレベルに適応し、成長を遂げました。
イタリアでの経歴
2019年夏、イタリア1部リーグのボローニャへ完全移籍を果たしました。
ボローニャでのデビューは2019年8月のコッパ・イタリアでした。
冨安健洋は序盤からチームに貢献し、そのシーズンは29試合に出場し、1得点を記録しました。
2020-21シーズンにはさらに出場機会を増やし、33試合に出場し、2得点を記録しました。
この期間中、イタリアリーグの高いレベルでプレーすることで、守備力や読みの精度がさらに向上しました。
セリエAでの経験を通じて、世界トップレベルのディフェンダーへと成長しました。
イングランドでの経歴
2021年8月、イングランド・プレミアリーグの名門アーセナルへ完全移籍を果たしました。
アーセナルでのデビューは2021年9月のノリッジ・シティ戦でした。
冨安健洋は右サイドバックとして先発出場し、プレミアリーグデビューを果たしました。
その後も左右のサイドバックやセンターバックとして活躍し、チームに欠かせない存在となりました。
しかし、度重なるケガに悩まされる時期もあり、2025年7月にアーセナルを退団(契約解除)することとなりました。
オランダでの経歴
2025年、オランダ1部エールディビジのアヤックスへ完全移籍を果たしました。
新たな舞台での挑戦が始まっており、世界屈指の育成・輩出クラブであるアヤックスでの活躍が期待されています。
日本代表での経歴
冨安健洋は年代別に代表に選ばれていきます。
U-15日本代表でミャンマーに遠征し、U-16日本代表ではAFC U-16選手権に出場、U-17日本代表としては国際ユース大会に、U-18日本代表ではAFC U-19選手権予選、U-19日本代表ではAFC U-19選手権本大会、と着々と経験を重ねます。
U-20日本代表ではFIFA U-20ワールドカップに出場し、U-21日本代表ではトゥーロン国際大会にも出場しました。
そして2018年8月に初めて日本代表(A代表)に選出されました。
10月12日のキリンチャレンジカップ・パナマ代表戦で先発し、A代表デビューを果たしました。
その後、2019年のアジアカップにも出場し、チームの準優勝に貢献しました。
なお、2019年のコパ・アメリカにも出場しています。
2021年にはU-24日本代表として東京オリンピックに出場しました。
2022年のカタール・ワールドカップでは3試合に出場し、チームのベスト16入りに貢献しました。
冨安健洋は、日本代表として非常に重要な役割を担い続けています。
冨安健洋の年俸は?
年俸は、プロキャリアをスタートさせた2016年のアビスパ福岡時代には360万円とされ、Jリーグの新人選手としては標準的な水準でした。
その後、2017年に500万円に上昇しました。
そして、2017-18シーズンのベルギーのシント=トロイデンの移籍後は年俸は一気に跳ね上がり、1800万円に。
2018-19シーズンも同額で推移します。
2019-20、2020-21シーズンはイタリアのボローニャに所属し、年俸は1億2000万円に上昇。
2021-22、2022-23シーズンはイングランドのアーセナルに所属し、年俸は5億8000万円に達しました。
その後2023-24、2024-25シーズンは10億6000万円に増額。
2025年にはオランダのアヤックスに所属し、年俸は2億2000万円となっています。
このように、冨安健洋の年俸はその活躍に比例して大幅に上昇しており、彼の実力が国内外で高く評価されていることがわかります。
※金額は推定です。
冨安健洋の家族は?
家族構成は、父・母・本人・姉2人の5人家族です。
父親については野球や剣道の経験があり、サッカー経験はないものの、息子が打ち込む姿を応援し続けました。
母親の佳代子さんは陸上選手で、冨安健洋の足の速さは母譲りだと言われています。
しかし、2022年に母親の佳代子さんは亡くなりました。
冨安健洋は「昨年、お母さんを亡くして。それが癌だったので…」と2023年のインタビューで明かし、がんセンターへの支援を誓っています。
姉は2人おり、ともに水泳をしていました。
姉の影響で自身も水泳を始める予定でしたが、祖母の家のランニングマシーンで遊んでいる際に転倒し顎を負傷したため、水泳を断念しサッカーを始めました。
家族全員が冨安健洋の一番の理解者であり、温かい支えが彼の現在の成功に大きく貢献していることは間違いありません。
冨安健洋は結婚している?彼女は?
2026年現在、結婚しているという情報や、彼女に関する情報はありません。
プライベートに関しては非常に慎重な姿勢を貫いており、公の場で詳細を語ることはほとんどないため、あえて明かしていない可能性もあります。
これまでメディアやSNSを通じて交際報道や結婚の発表があった形跡はなく、恋愛事情についてもあまり知られていません。
インタビュー等でもサッカーへの集中を口にすることが多く、現在はキャリアに重きを置いている様子が伺えます。
今後、恋愛や結婚に関する報告があることを期待して待ちましょう。
まとめ
ここまで冨安健洋の出身地や経歴、年俸、家族、結婚・彼女について詳しく紹介しました。
海外で活躍し、サッカー日本代表にも召集されています。
今後の活躍がますます期待されます。
これからも、 冨安健洋の活躍に注目していきましょう!
